2010年09月02日

斉藤典彦《やまなみ―はる》――descriptionの試み

フレスコを想わせる風合いをもちながら、たらし込みの痕跡と刷毛の痕を随所に残す淡々しい画面のなかほどに、朝靄にけぶる若芽時の山々のような形象が、渋い緑に縁取られて浮かび出ている。
 俯瞰する視角によって捉えられたその山々は、古い山水画巻の一角をクローズアップしたような趣を湛えているのだが、その静寂を破るように、山並みの手前上空に、鳥とも飛天ともつかぬ者たちの姿が、右から左へと画面を横切るようにして浮遊している。空を飛ぶことを許された者たちが囁き交わす天界の言語が空中に響きわたり、春景色に一抹の異和をもたらしている。
 やわらかな光を放つ靄のなかを、茜色に染まって漂うこれらの者たちは、山並みのはるか上空に高度を保ちながら眼前に浮かんでいるので、絵の前に立つ者は、これらと共に空の高みを浮遊する身体を――あたかも雪舟の《天橋立図》や崋山の《千山万水図》の前に立つときのように――与えられる。画面上辺ぎりぎりにたたなづく遠い山並を雲の彼方に望むことができるのが、中空をただよう身体ゆえの特権であることはいうまでもない。この特権は、画面の穏やかな雰囲気と相俟って、「フィクションとしての絵画」にまつわる無上の愉楽を見る者に与えてくれる。
 「私小説」的な小さな物語と、その精一杯のヴァリエーション――たとえばアニメ風冒険譚や、そのキャラクター、あるいは社会的不安の形象化としてのエイリアン的異貌性、いたいけなファンタジーetc.――に依存する群小絵画が、イデオロギーの真空地帯に流れ込み、そこに蟠踞しつづけてきた歳月は、日本の絵画シーンを姑息な絵画たちの掃き溜めと化してしまった。斉藤典彦の画面は、そうした現代の絵画状況を静かに無視しながら、おおらかに抜きんでて中空の風に悠々と漂っている。近代の膠彩画とひとしなみに語ることが憚られる古雅な韻致を響き渡らせながら。


2010METAX

(fairy and/or elf)



*META X 2010
2010年8月4日―8月30日
日本橋高島屋 美術画廊X




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2010年08月21日

風になびく木――descriptionの試み

一枚の絵は何ものも再現しない。――セザンヌ


松本陽子展を見た。

奥の部屋に足を踏み入れたとたん、ひんやりとした感覚にとらわれた。正方形とおぼしき大きな画面が左手の壁面を占め、湿潤な空気感に満たされた画面の中央に、吹きすさぶ強風になびく壮年の樹木のような形象が浮かび上がっている。この樹木は、「風のなかの形象/形象としての風」とでもいうべき在り方を示している。それは風になびきながら、風を喚び起こしているのだ。

ほの暗く湿ったこの空間を満たしている感覚は、森のなかで流れる霧に巻き込まれたときのそれに近い。この感覚は、変現する線たちの運動によって画面にもたらされているのだが、瀰漫する線たちは、霧のように視線を遮るのではなく、見つめる視線をからめとり、方形の画面に拡散させる。視線は、だから方向性とともに、確たる対象を見失わざるをえない。松本のほの暗い画面には、それゆえ、見ることにまつわる不安感が溶け込んでいる。

松本の画面は、このように空間と形象の精妙でマジカルな化学によって成り立っているのである。

                    *

《松林図屏風》の長谷川等伯は、磊落な筆致によって霧のなかに松の群像を浮かび上がらせ、湿潤な、しかし張りつめた空間を生み出している。

等伯は松を描いたのか、霧を描いたのか。

等伯は、決して霧を描かなかった。しかし、松を描いたわけでもない。等伯が描いたのは、松と霧の関係であって、何らかの実体ではなかった。霧のヴェールを向こうに見え隠れする松たちの姿は、とりもなおさず霧のすがたでもある。等伯は、それらを一挙に成り立たせたのだ。松を描いたわけでもなく、霧を描いたわけでもない。

もっとも、《松林図屏風》の前に立つと、タイトルにあるとおり、そこには、なるほど松が描かれている。等伯は松を狙って描いたように見える。しかし、それにもかかわらず彼は松を描いたわけではない。等伯は松と同時に霧をも描き出しているからだ。松と霧が、墨を含んだ筆の運動のなかから関係として出現したというのが、おそらく実情に近い。「白馬は馬にあらず」の論法を以てすれば、等伯は霧も描かず、松も描かなかったというべきなのである。霧の松林と、松林をただよう霧とが、墨と水と筆と紙の物理現象が生起させる視覚的化学反応によって一挙に成就されたのだ。

同様の化学は、松本の画面にも見出される。一見すると、松本の画面には、岩場――たとえばセザンヌの描いたビベミュスの石切り場のような場所――に立つ樹木が描かれているように見える。しかし、樹木と見える形象は、樹木であることから激しくブレつつ、線的要素のノイズィな運動のなかへと、みずからの境界を越えて拡散しつつある。あるいは、霧が、強風に吹き寄せられて、たまゆら黒々と凝結して樹木のすがたを成そうとしているようだといってもよい。

いずれにせよ、このバロキックな樹木は、そして、樹木を囲む岩々もまた、可逆的な運動のなかに現れつつ、また、消えつつある。そこでは激しい視覚の化学変化が起っている。

                    *

ただし、松本陽子の画面には、松の姿を狙う等伯のような実体志向は感じられない。とはいえ、しかし、等伯の場合と同様の関係態が、そこに成り立っているということはできる。すなわち――彼女の身体の奥底から、「急速度で流れる霧のなかの樹木/樹木をなびかせつつ急速度で流れる霧」の関係態が、記憶と意識の濾過を経て画面に現成されたといったおもむきなのである。これは、むろん再現なのではない。セザンヌに倣っていえば、ここに見出されるのは関係態の「実現[リアリザシオン]」なのだ。

右から左へと方向づけられたこの運動感は、サンパウロ美術館が所蔵するセザンヌの《大きな松》に――これは画家自身に示唆されたことなのだが――通じるものがある。あのセザンヌの松は、地中海から吹きつける季節風に左から右へと激しくなびいている。線条の筆触の並置がつくりだす松葉の動きを、青空の筆触が部分的に繰り返すことで梢と空の境が曖昧化され、それによって松の揺動が、正方形に近い画面の四方に伝導してゆく。この動きに背景の樹林も、筆触の連なりによって同期している。
             
こうした動きに逆らうように撓[しな]う幹と枝とが――そして剥き出しの土がつくり出す右から左へ向かう動勢が――画面全体にアニミスティクな雰囲気を醸し出している。すなわち、風という自然現象に逆らう意志のようなものを感じさせる。自然の力と、それに逆らう意志――これらふたつが相俟って、自然の強烈な「感覚[サンサシオン]」を画面にみなぎらせているのだ。

それは、いいかえれば世界の激しい呼吸であり、それを画面にもたらすのは筆触にほかならない。セザンヌは、あるところで、こう語っていた。わたしの筆触は世界のひと呼吸に対応している、と。

                    *

アニミスティクな雰囲気は、松本の方形の画面にもみちみちている。右から左へとなびく無数の枝々は、枝というよりむしろ毛細血管のようであり、しかも、梢という梢は、みずからの境を逸脱して画面全体に、顫動しながら拡散していくかのように見える。それらの線は、グレーの湿潤な風になびきつつ、また、湿潤な風を喚び起こしてもいる。あるいは、この線たちを風そのものと呼んでもよい。
                    
風を呼ぶのは、線的要素に宿る身体的な時間性だ。身体の運動が、そのまま風になったおもむきといってもよい。絵筆による作画とは異なって、パステルという画材は身体との結びつきが直接的であるだけに、身体の運動は、画面の表層を走る無数の不透明な線において大きな効果を挙げている。松本は、パステルをスフマートにもちいてはいない。

樹木を取り囲む岩々の形象は、画面に構造性を芽生えさせている。この構造性は、画面の深層に施された木炭のドローイングと中層に施された油彩の干渉によってもたらされているのだが、ほとんど無彩色に近いそのマティエールに見出される斑[むら]もまた――ところにより絵具の物性に従う流動の痕が見出されるとはいいながら――作者の身体性に深く根ざしている。木炭、油彩、パステルという画面の重層構造は、表層を吹き過ぎる湿潤な風に奥深さの感覚を与えてもいる。

この重層性は時間の重層性でもある。不動の岩場、なびく木、そして吹きすさぶ風・・・・・・これらのイメージは、とりもなおさず時間の三つの層であり、こうした時間の層構造は、画面の物質的な成り立ちと呼応している。

                    *

しかし、この画面のほの暗い凄まじさは、いったいどこからやって来るのだろうか。「テンペラマン」という言葉が思い浮かぶが、しかし、ここに示されているのは日々の制作の異時同図的重層の結果というべきだろう。いわば、身体/精神の時間性にかかわるモアレである。

ただし、ほの暗いとはいいながら、これは決して希望のない暗さではない。不安だが、絶望ではない。

ほの暗い風のなかに点滅する、かすかな赤や青、そして緑は、画面に治癒の兆をもたらしている。この兆は、絵画という存在そのものに対する、松本陽子の再−肯定であるようにも思われる。松本陽子の画面にふきすさぶ風は、絵画の息吹でもあるのだ。

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(fairy and/or elf)


松本 陽子――Drawings - Regarding Living Beings
2010年5月10日(月) − 29日(土)
hino gallery

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2010年08月11日

ヘルベルト・ハマックHerbert HAMAK新作展

油彩の半透明性を連想させるボディ・カラー。

ハマックの立体は、見る者の思いを、物体としての絵画の成り立ちへと差し向けつつ、それじたい一個の絵画として成り立っている。たとえば立体化されたマーク・ロスコのような顔つきをして。

ただし、ハマックの立体は、単にロスコの3D版というわけではない。そこには、ロスコの場合とは異なる時間性が流れ込んでいる。

窓辺に置かれた立体を透過する自然光は、時とともに移ろう。見つめつづける時間のなかで立ち現われるロスコの画面、そこにおける内的な――意識と相関的な――時間性は、窓辺の立体を満たす時間とは決定的に異なっている。

(fairy and/or elf)



ヘルベルト・ハマックHerbert HAMAK新作展
2010年6月15日―7月31日
KENJI TAKI GALLERY(東京)
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2010年06月26日

帰還 山本直彰展

山本直彰の《紅梅白梅図屏風》。
男と女のあいだには、かがやく白い虚無がある。

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(fairy and/or elf)


帰還 VIII
2010
薄美濃紙,アートグルー,岩絵具,墨, 箔,パネル
201X538.2cm

*帰還 山本直彰展
2010年6月21日〜7月3日 コバヤシ画廊
http://www.gallerykobayashi.jp/
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2010年05月21日

井上雅之展

死んだ細胞・・・・のような箱型のモデュール、あるいは焼けた骨・・・・のようなテクスチャー、また甲殻類の腹・・・・のような扇型のひろがり。

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箱型のモデュールは、湾曲した壁のように幾つも積み上げられることで、開放部をもつ内部を形成している。びっしりとフジツボがこびりついたような、まがまがしい不浄感を伴う外部に対して、空虚な内部は白々とした清浄感のあるテクスチャーをもつ。それは中身(shellfish)が抜き去られた甲殻(shell)の内部のような印象を与える。

湾曲した壁の内部を開放部から覗くと、かつて甲殻に包まれていた生命体のゴーストが人知れずうずくまっているかのようだ(GHOST IN THE SHELL!)。それは、すでに過去のものとなった生理の記憶にほかならない。観衆は、そのゴーストにみずからを重ねるかのように、今この瞬間を生きているみずからの身体を、からっぽの甲殻に挿入する。焼けた骨を連想させる甲殻は、生の実質を形成する肉への意識を、その不在によって喚起せずにはおかないのだ。

ところで、生理の記憶をとどめながら、すでに生理を脱しているこれらの造型は、芸術作品のすぐれたメタファーとなっている。あるいは、陶による陶のメタファーといってもよい。

表現が芸術の同義語として扱われてきた歳月(その歳月の何と長かったことだろう!)、芸術性は、生の直接的な表出の度合いを基準に計られてきた。

しかし、生がそのまま高い芸術性を実現することはありえない。生が直接的に芸術に転化することはありえない。生は、あまりにも雑駁すぎる。

井上は、あるインタヴューに応じて、「体で思考する」という制作観を語っている。小さな作品は「手」で考えるが、大きな作品の場合は「体全体」で考えるというのだ。「創り手の身体性が粘土に伝わり、反応して、作品を観てくださる人が、なにか自分の事のように感じるような。きっと人や自然とのそんな関わりを求めているのでしょうね」、と。

W.B.イェーツは「どうしてダンサーをダンスから区別することができようか」と記した。身体としての人間と芸術の不可分を語ったかにみえるこの言葉は、しかし、芸術における死と生の逆説的結合を示唆してもいる。

ひとがダンスを行うためには、まず自己の日常的な生を脱してダンサーとならなければならない。ダンスという身に付けた芸術的規律[ディシプリン]に向けて全身の細胞を整列させなければならない。ダンスは芸術的規律[ディシプリン]によって成り立つのであって、身体的な生の直接性によって成り立っているわけではない。ダンスが開始されるためには、日常の生に別れを告げ、みずからを別殊の生へと転位させなければならないのだ。つまり、そこには死と再生のプロセスが介入する。イェーツのいう「ダンサー」は、すでに死を経た存在なのだ。

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もちろん技術に基づく鑑賞性を備えるならば、なんであれ「芸術」と称することはできる。だが、高い芸術性を獲得するためには生の直接性に期待することはできない。すくなくとも、それは奇跡を待つにひとしい。しかし、奇跡は、芸術ではありえない。それは技術とはかかわりのない事柄なのだから。

高い芸術性は、生に満たされた身体の底から汲みあげるものによってのみ可能であるのだとしても、それを汲みあげることは技術に属する事柄である。たとえ、そこに偶然がはたらくとしても、である。

高度な芸術性は、このように日常的な生の直接性の否定を経て初めて得ることができる。井上雅之の生理なき生理的形態は、このことを暗示している。

あるいは、こういってもよい。陶における火のプロセスは芸術における死のメタファーとして捉え返すことができるのだ、と。陶は、生を、文字どおり荼毘に付すことで成り立つ芸術なのだ。

床に置き並べられた甲殻の造作は、手法の面からみると、これまでと大きな違いは見出しがたい。ただし、そのスケール感とイメージ=構造の成り立ちにおいて、このシリーズが、ようやく完成の域に達したことを思わせずにはおかない。

おそらくは、このこととかかわるのだが、このたびの個展では、オーガニックな形態の壁掛け式の造型物が、甲殻を見おろすように展示されていた。剥き牡蠣のようにも、機能不全を悲痛に訴える病んだ臓器のようにも見えるそれは、遠目には、いましがた剔出されたばかりのような生々しさを感じさせつつ、近づくと、硫黄のような毒々しい色を呈するひび割れた表面に疲弊した生命維持活動の記憶をあらわに示している。

これは、甲殻の隙間に挟み込まれる身体のイコンのようにも、あらたな展開への予兆をはらむ作者自身の身体のアイロニカルな肖像のようにも見える。

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(fairy and/or elf)


画像 001 「H-101」 2010 陶 290x120x212(h)cm
画像 002 左:「H-101」の裏面
      右:「H-102」 2010 陶 215x188x168cm
画像 004 右:「H-101」  左:「H-102」 
(撮影 林雅之)
「H-104」 37x16x66 (w,d,h)
(撮影 井上雅之)

*井上雅之展 INOUE Masayuki new works 2010
2010. 4/5 (月) - 4/24 (土)
GALERIE Tokyo Humanite ギャルリー東京ユマニテ
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2010年04月21日

フセイン・チャラヤンのコレクション・ショー 

Mr.フセイン・マリック・チャラヤン!

(fairy and/or elf)


*「フセイン・チャラヤン ファッションにはじまり、そしてファッションに戻る旅」展、 4月3日〜6月20日、東京都現代美術館
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2010年04月19日

真島直子展「密林にて」

あの
群れ咲く花のなかにどうやって群れ咲く花を増殖させるのか
――席慕蓉(池上貞子訳)「招待状」

駅に降り立つと、昼下がりの中目黒はソメイヨシノが満開の時を迎えていた。目黒川沿いの桜並木は、花見のひとびとを異境へと誘うように、延々とどこまでも続いている。
 空を覆いつくす花々は、まるで「花」そのものを示す記号のように、同じ色、同じかたちを繰り返しながら枝という枝に密集している。さわやかでありながら、どこかしらなまめかしいこれら薄桃色をした五弁の記号たちは、自身を複製し、増殖させながら膨張を続け、自らの生命を空いっぱいに横溢させてゆく。
 満開の桜に「美しい」という形容は必ずしもふさわしくない。目黒川にかかる橋のうえから改めて眺めやると、それは、むしろ不気味で、まがまがしく感じられる。蝟集する花々は、癌細胞やウイルスが体内で増殖してゆく過程を想わせさえする。あるいは、癌細胞を凌ぐスピードで細胞分裂を繰り返す胎児のイメージも重なる。生命というのは、思うに、まがまがしいほどのエネルギーの発現なのだ。展覧会のタイトルにみえる「密林」の語は、このような生命の在り方を言いとめたものと読むことができるだろう。

真島直子の鉛筆画の前で、人は息をのみ我を忘れて立ちすくむ。そこには蝟集する桜花のような生きた記号たちが、いっせいに湧きあがり、増殖しながらひしめきあい、互いを浸蝕しながら、うねり、流動している。そのうねりは膨張し、滴りおち、圧倒的な景観に結実する。結実しつつ、その景観に向けられた視線を、めくるめく記号の渦に飲み込んでゆく。
 それは世界のはじまりのようでありながら、世界の終わりへと向かう光景のようでもある。内的な生命体の出現、たとえば胎児が形成されてゆく段階を追ってゆくようでもあり、外的な生命体からの攻撃、たとえばウイルスに身体が浸蝕されて、徐々に滅ぼされてゆく過程のようにも見える。
 見る者を巻き込むこの渦巻は、透視遠近法的な発想とは決定的に異質な空間性と、その空間性を作り出す記号システムとによって、南画を連想させずにおかない。非透視法的な南画の画面は、記号のシステムに息吹を通わせることで成り立っているのだ。
 江戸時代の南画家たちは、『八種画譜』や『芥子園画伝』など中国から舶載された絵画技法書の木版挿図を導き手として画面形成を行ったが、木版画は、墨画のアナログなグラデーションを、ディジタルなそれに変換することで成り立つ。だから、南画家たちは、あたかもコンピューターに圧縮して送られてくる情報を解凍するようにして、それをアナログへと再変換する必要があった。ディジタル化された記号に墨画としての生気を吹き込み、いきいきと脈動させるために、そうしなければならなかったのである。
 たとえば池大雅《山亭雅会図襖絵》や《楼閣山水図》、また与謝蕪村《新緑杜鵑図》は、その代表的な例であり、これらの絵には、記号の面影を宿す樹葉の群が活気だっているさまが見出されるだろう。真島の画面もまた、独自の記号――蛙の卵やオタマジャクシ、あるいは條虫や蛭のような生命的な記号的形態を用いて形成されている。真島は、これらの記号を、紙に鉛筆で書き込むことで脈動させてゆくのだ。

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記号は、当然ながら、それ自体を成り立たせる物質的次元を伴い、真島の場合であれば鉛筆と紙が、それにあたる。記号は、思考を他へと送り届けるはたらきによってみずからを透明化するが、記号の視覚的次元は、物質性において、絵画の場合よりも際立っている。つまり、地平線へ向かって収斂してゆく空間的イリュージョンを特徴とする透視法的空間とは異質の空間意識を記号は孕む。記号はイリュージョンのなかに物質的次元を韜晦することがない。  
 こうした画面の在り方は、彼女が支持体を寝かせて作業することとも、おそらく関係している。画面を立てて描くイーゼル・ペインティングは、水平視を基本とする視線の慣習に従って直立する平面上に地平のイリュージョンを招き寄せるが、画面を寝かせた場合は、そうではない。イリュージョンよりも、むしろ支持体の物質性を際立たせることになるのだ。しかも、寝かせて作業するときは、何かを描くというより、線を引く、色を差すといった技法‐材料的な物質の次元に意識が集中しがちであることも併せて指摘しておくべきだろう。
 真島の画面には、しばしば一種の構築性が感じられるのだけれど、これも透視法的な画面構築とは異なっている。真島の構築性は、たとえば大雅の《山亭雅会図襖絵》の岩石のたたずまいに見られるような横ざまに展開するダイナミックな構築性であって、透視遠近法のシステムによる奥行構造を主軸とするスタティックなそれではない。いってみれば、真島の構築性は、鉛筆と連動する手、腕、そして身体によって生きられたシステムであり、視覚本位の構築性とは大きく異なるのだ。
 とはいえ、四角い紙面に収まっている以上は、とうぜんながら視覚的な構図の意識が潜在的に働いているはずであり、顕在的にも視覚的構図の意識が見出される。たとえば、ターニングポイントとしての四隅の処理や、鉛筆の運動が生み出す――瀑布や懸崖の蔦や額にかかる前髪のような――上下の方向性において、視覚的構図の意識は顕在的に認められるし、テクスチャーと濃淡の差異による――「密林」のような、あるいは毛皮のパッチワークのような――構図にも、視覚的な構図性を指摘することができる。にもかかわらず、真島の画面は、視覚的な次元から大きなズレを作り出している。彼女の画面を成り立たせているのは視覚の論理である以上に行為の論理だからである。

かつて山梨俊夫が『絵画の身振り』で懇切に説いたように、絵画はジェストによって成り立つ。だから、あらゆる画面は行為の論理によって成り立つということもできないではない。しかし、真島の行為性は、絵画一般が湛える行為性とは異なる在り方を示している。それは、たとえばドイツ表現主義絵画やアクションペインティングとも異なっているし、また、いわゆるドローイングの身体性とも決定的に異なっている。
 こうした独自の行為性の由来としてまず挙げるべきなのは、鉛筆で記号的形態を「書き込むこと」によって画面を形成してゆくという手法であろう。「描き込むこと」は空間性を予想しつつ行われるが、「書き込むこと」は、ほんらい統語法[シンタックス]に従って記号の連なりを時間的=継起的に形成することだからである。「書き込むこと」の時間性によって画面の行為性を際立たせるところに、表現主義的絵画やドローイングにおける行為性と異なる在り方が認められるである。
 もちろん「書き込むこと」による画面の形成は真島以前に既に試みられてはいる。たとえばアンリ・ミショーは、その典型的な例だが、真島のそれは、ミショーが依拠する文字列のように線的[リニア]なものではなく、循環し、増殖し、うねりながら多方向的な動きを示し、そうした動きのなかから、ゆるやかな量塊性を生み出している。つまり、真島の記号たちは、統語法[シンタックス]に従う時間性への連想を誘いこそすれ、固有の統語法[シンタックス]をもたない記号群なのだ。
 こうした真島の記号たちは、異なるタイプ、異なる密度の量塊を形成することで、量塊相互のあいだに関係性を生みだし、それによって浅い空間性と構築性を画面に出現させている。いいかえれば、量塊の関係によって視覚的な構図を成り立たせているわけだが、この構図もまた時間性を強く孕んでいる。これらの量塊のあいだには、一種の統語法[シンタックス]が曖昧ながら垣間見られるように思われるのである。
 とはいえ、統語法[シンタックス]にせよ、構図の視覚性にせよ、これらは記号の動勢によって絶えず不安定なゆらぎのなかにおかれている。そればかりか、量塊と量塊の関係は、計画的に構築されたものではなく、生成的な位相において成り立っている。つまり、生成の結果として構築性を帯びているにすぎない。もし、統語法[シンタックス]というなら、彼女のそれは生成の統語法[シンタックス]というべきものなのだ。彼女は、こうした画風を制作し始めた当初、紙の全体をみることなく、スクロールさせながら描いたということだが、この逸話は、ここに述べたことを制作手法において裏付けているといえるだろう。あるいは、先に述べたような画面における視線の循環を想いうかべるならば、真島の画面は「動的均衡」によって成り立っているといってもよい。
 ちなみにいえば、支持体を寝かせて行う制作は、先に指摘したように、非透視遠近法的な空間の成り立ちにかかわると同時に、記号の在り方にも次のようなかたちで影を落としている。
 量塊的な記号の渦を描く=書くとき、画面を寝かせて制作していると、手が画面を擦るのを防ぐために、鉛筆を通常よりも急角度に立てる構えが必要とされる。これは、とりもなおさず手首の自由を奪われることであり、記号に付随する微妙なニュアンス――「はね」、「はらい」、「とめ」といった微妙なニュアンスに制約を課することになり、その結果、記号の感性的な次元にある種の武骨さをもたらすことになる。つまり、真島の記号たちが帯びる異形の生命感は、こうした抑圧のなかから――抑圧と昂揚が演ずる競り合いのなかから生まれたものなのだ。あるいは、こういってもよいだろう。これらの鉛筆画は、真島直子の「拘束のドローイングDrawing Restraint」なのだ、と。

紙と鉛筆は、絵画の制作者にとっては特別に思い入れ深い材料である。なぜなら、これらは、幼少期からクレヨンとともに最も身近な描画の材料であり、また、意識的に絵を学び始める頃、いちばん初めに手にする画材でもあるからだ。鉛筆と紙によるエスキースやスケッチを通して、画家は自らを見つめ、表現することの自由を模索し、表現することの確信を徐々に得てゆく。紙と鉛筆から、あらゆる展開が始まるのであり、画家は、そこから絵の世界に分け入ってゆくのである。
 真島直子が、紙と鉛筆を作品制作に用い続けるのは、画家が画家になりきらない薄明の時の純粋さに、また、初めての体験に伴う驚きに、そして、無限のように感じられていた自由の悦びに忠実であり続けようとしているからかもしれない。渦巻く記号を生み出してゆく彼女の鉛筆は、画家が画家になろうとする、いわば絵画の思春期における純粋さや驚きや悦びを、くりかえし確かめ続けているようにみえるのだ。
 記号/絵画、南画/現代絵画、書く/描く、生成/構築、生命/記号、自由/拘束・・・・さまざまな二項対立を股にかけて、二項のスラッシュのうえに独自の画面を生成しつづける真島直子は、きわめてしたたかな画家であり、戦略的な画家であるとさえいえるのだが、そのことと、初発の体験への執着とは決して矛盾しない。むしろ、そのギャップ、この落差こそが、彼女のモティヴェイションの強度を成り立たせているはずなのである。
 あるいはまた、鉛筆と紙への執着は、絵画の薄明における視覚的な無垢への遡行と捉えることもできないではない。ゴンブリッチのいうように無垢な目などは所詮「神話」にすぎないのだとしても、この遡行は決して無意義なものとはならない。「神話」とは、過去から未来にわたって遍在する夢のごときものであり、げんに真島は、記号群を書き込む行為を通じて、無垢な目の夢を、繰り返し改めて紡ぎだしている。つまり、真島直子の遡行は、未来への遡行であり、この逆説において、彼女の鉛筆画は真正のアートたりえているのだ。 
 真島直子は、未来へと遡行するべく描きつづける、地獄と極楽が衝突し混ざり合う『地獄楽JIGOKURAKU』という壮絶なバトル・フィールドに、あるいは、正と負のまがまがしいエネルギーの充ち溢れる満開の桜の「密林」に我が身を投げ込んで。

(fairy and/or elf)

図版データー:《密林にて》 In the dense forest 2010
紙に鉛筆 pencil on paper 114×160cm
(c)MAJIMA Naoko Courtesy Mizuma Action

*真島直子展「密林」にて 2010年3月10日〜4月10日 ミヅマ・アクション
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2010年04月07日

東北画は可能か?

「東北画」は可能である。あたかも「日本画」がそうであるように。

「東北画」は可能である。「日本画」のネガティヴとして、あるいは、入れ子状に「日本画」に組み込まれた「日本画」成立のポジティヴなモデルとして。

(fairy and/or elf)


「東北画は可能か?【其ノ一】」
2010年4月5日(月)〜10日(土)
アートスペース羅針盤(京橋)
http://rashin.net/
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2010年04月04日

高山登展

匂い……が、しない。

*かつて高山登の展覧会といえば、手製の枕木に沁み込んだ防腐剤の強烈な匂いを、必ず伴っていた。それは、清潔なアート・シーンに対して悪意ある異和を醸し出していたが、一方で危険なアウラを、その場にもたらしてもいた。しかし、今回の展覧会では、立ち入り禁止となっているある箇所を除いて、この匂いが、きれいに払拭されていた。美術館という施設の限界と、美術館で行う展覧会の限界の相乗作用というべきだろうか。それとも、長年月のあいだに、枕木も、流木のように浄化してゆくと考えるべきなのだろうか。なんとも悩ましい展覧会だった。

(fairy and/or elf)



高山登展 300本の枕木 呼吸する空間
2010年1月23日(土)〜3月28日(日)
宮城県美術館
http://www.pref.miyagi.jp/bijyuTu/mmoa/ja/exhibition/20100123-s01-01.html
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2010年03月30日

ポンペイ展

横浜美術館でポンペイ展を見た。
 西暦79年、ヴェスヴィオ火山の噴火によりポンペイの街は地上から姿を消した。再建される機会を与えられぬまま灰の底に沈められたポンペイの街は、皮肉なことに、だからこそ当時の街や人々の暮らしぶりを封じ込める貴重なアーカイヴとなった。今回の展覧会では、家々の壁に描かれたフレスコ画、彫刻、日用品や宝飾品、銀食器等250点が展示されている。
 あたりまえに続いてゆくはずであった自らの生を、災害によって突然奪い取られた人々の不在は、かえってその生の鮮烈な響きを現在にまで届かせている。遺された街、遺された物達に呼応するのは、それらの持ち主たちの生活にほかならない。
 たとえば、彩色画のある櫛は、それを用いた女性の梳[くしけず]られた毛筋と呼応している。しかも、噴火によって横死した女性と櫛の関係は、櫛の絵において繰り返されている。この印象的な骨製の櫛には、優美でシャープな彩色刻画による二羽の孔雀が、葡萄の房がたわわに垂れる果物籠を挟んで左右に配されているのだが、櫛が大きく欠けているため、左の一羽は脚と尾羽がみとめられるだけで、もう二度とその姿を見ることは出来ないのだ。残された一羽の孔雀は、止まってしまった時のなかで、喪われたもう一羽を永久に見つめ続けている。それは、喪われてしまった髪の香りをなつかしむ櫛自身のポートレイトのようでもある。
 ヴェスヴィオ火山のもとにあるこの古代都市は、あらかじめ喪われた都市であったということができるかもしれない。享楽的な絵画や、豪奢な工芸品のかずかずは、喪われてゆく生を慈しむ不安に充ちた輝きを放っているように思われるからだ。ポンペイの人々が「奴隷」を足枷につなぎ拘束していたように、この悲劇の街は、今も在りし日から時を止められたまま、その時に向けてつながれている。古代ローマ文明の「奇跡の街」、または「世界遺産」として……フレスコ技法で描かれたうつくしい花綵[はなづな]のような時の鎖によって。

(fairy and/or elf)



ポンペイ展 世界遺産 古代ローマ文明の奇跡
2010年3月20日(土)〜6月13日(日)
横浜美術館
http://www.ntv.co.jp/pompei/
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